<Lily of the valley-始まりは絶望の淵より深い場所から>





光の筋を必死になって辿っていく。

ひたすらにアッシュを求めて俺は足を動かし続けた。
時間の感覚が無いこの空間では、どれだけ歩いたのかとか、朝なのか昼なのか、それとも夜なのかも
さっぱり解らなかった。俺自身の体力も尽きることが無く、ついでに言うと腹も空かない。

永遠にこれが続くのかと思い始めたとき、光の筋が唐突に途切れた。

いきなり真っ暗闇になった中で俺は焦って辺りを見回す。
だけど明かりが無いんだから、この暗闇の中では何処を見ているのかも解らないじゃん直ぐに気付け
よ俺。

畜生ローレライの馬鹿野郎っ!さっさとアッシュの所につれてけよ!!

怒鳴った俺の声は虚しく響くだけで、ローレライの返事は無い。

誰も、何も無い暗く冷たい世界に一人きり。

そう考えると、急に恐怖と不安が込み上げてきた。
必死に押し止めようとしても、それは後から後から込み上げてくる。
俺は、耐え切れなくなってその場に座りこんでしまった。

「アッシュ・・・」

膝頭に額を擦り付けて、自分の身体を抱き締めるようにして愛しい半身の名を呟く。

はやく逢いたい。逢って彼の温もりを感じていたい。

俺の望みをローレライはもう一度叶えてくれるんじゃなかったのか。

じわりと目尻に涙が浮かぶ。泣くもんかと唇を噛み締めて、涙が落ちるのを必死に食い止めてみる。
でも結局は零れ落ちてしまった。
その頬を伝った涙が地面に触れた瞬間、足下が光りだした。

驚いて立ち上がると、真っ暗な世界はそこらじゅうが光っていて、いつの間にか暗闇ではなくなっていた。
足下の光がより一層輝きを増しだした時、ローレライの声が直接脳に響いてきた。

『幸運を祈る』

・・・たったそれだけかよ。
俺はぼそりと悪態を付いたが、まぁいいやと気を取り直した。

さぁ、これからだ。

大きく息を吸い込んで、吐き出す。肺の中を空っぽにして、俺はパンと頬を両手で叩いて気合を入れる。

目を瞑っても自分を取り囲む光の気配はちゃんと感じられる。
その光が俺の頭まですっぽりと包み込んだとき、それと同時に俺は意識を失った。




















嫌な臭いが鼻を突く。これは―――

うっすらと瞼を持ち上げてみると、まず最初に飛び込んできたのはミュウの今にも泣きだしそうな顔だっ
た。それが余りにもどアップだったので、俺は変な声を上げてしまった。ミュウは俺の意識が戻った事
に喜んで、ご主人様〜とか言いながら顔に飛びついてきた。顔に抱きつかれたら、息できねぇだろこの
ブタザル!俺は思わず怒鳴りながらソーサラーリングを掴んでミュウを顔から引き剥がす。それから身
を起こして、その場に胡坐をかいて座る。空中で短い手足をバタつかせて良かったですのと繰り返して
いるブタザルを黙殺しながら、俺は周りに眼を向けた。

澱んだ赤紫色の空に瓦礫と化しているこの場所。そして、何よりも目に付くのは転がっている人ヒトひと。
どの人も全く動かない。胸がざわつく。冷たい汗が流れる。あぁ、嫌だ。嫌な予感がする。
地面についていた左手をふと見れば、赤色が付着していた。手を顔の前に翳して見てみれば、それは
血だった。先程からしていた臭いは、この血の臭いだったのか。
のろのろと視線を、手を突いていた方へ向ければ、そこにはやっぱり人が倒れてた。ピクリとも動かない。
ミュウを地面に下ろして、俺はその人へと近付いた。そっと手を伸ばして、首筋に手を当ててみる。脈は、
無かった。ぐっと唇を噛み締め、俺は頭を下げて短く黙祷を捧げた。
それから俺は漸く立ち上がった。ミュウが俺の顔を見て心配そうにご主人様とか呟いてたけど無視した。
そして理解した。ここが何処なのかを。

あぁ、ここは俺の罪を象徴するあの場所か。

立ち上がって先ほどより周りを見渡せるようになって俺はぼんやりとそう思った。
自分で考えることをせずに師匠に着いて行って超振動を発動させ、アクゼリュスを崩壊させた。
一気に何万という人の命をこの手で殺めた。
何でよりによってこの時で、この場所なんだ・・・!
俺は震える手をきつく握り締める。
目を閉ざしてみても、地に倒れている人たちの姿が瞼に焼きついていて離れない。
腕で顔を覆って隠してみてもやっぱり意味は無くて。

「・・・んで、・・・・・・」

嫌だ嫌だいやだ、こんな光景見たくない。ごめんなさいごめんなさい。
懺悔と、この光景を目にしたくないと言う拒否の言葉が頭の中でグルグルと渦巻いている。
頭の中がパニックを起こして、終いには俺はこの場所から逃げたくなった。
今にも倒れている人たちが俺に向かって来るんじゃないか。
痛い苦しい助けてと恨み辛みを吐きだしながら手を伸ばしてくるのが見える。

「・・・・・・・・・っ?!」

突然腕を強く引っ張られて、俺は悲鳴を上げかけた。
本当に死んだ人に腕を掴まれたのかと思ったけど、視界に入ったのは険しい顔をしたジェイドだった。

「ジェイ、ド・・・」

「早く来なさい。何時まで突っ立っているつもりなんです。それとも、貴方はここで死にたいんですか」

冷たく突き刺さるジェイドの言葉。俺は余りにも冷淡な言葉に何も返せなくて、口をパクパクさせる事し
か出来なくて、そしたらジェイドの顔がより一層怖くなった気がした。俺の腕から手を離し、ジェイドは背
を向けてさっさと行ってしまう。ジェイドが歩いていった方向には、皆の姿があった。

「本当に来ない気ですか」

「・・・・・・行くよ」

ジェイドが怒っているのは解っていたから、俺は短くそう応えてゆっくりと歩き出した。
歩きながら思い出したように腕に痛みを感じて、視線を落とす。
ジェイドに掴まれていた箇所が薄っすらと鬱血していた。
余程強い力を込めて掴まれていたのか。
まるで他人事みたいに考えながら、腕を摩る。

一足先に皆の元に辿り着いていたジェイドを含め、皆は俺を何処か蔑むような目で見てきた。
途端に俺の脚が動きを止める。

「あ・・・」

意味も無い音が俺の口から出る。でもその先は続かない。

ここで謝るべきなのだろうか。でも俺が今謝って、それで皆は許してくれるだろうか。
過去での俺の態度は、皆を幻滅させるには十分なものだったって事は・・・凄く反省してる。
アッシュとの回線が切れて目が醒めてから、俺は起こしたこの悲劇の償いをするって、変わるんだって
誓ったのはあの花畑でティア一人の前でだった。そこで無知で馬鹿だったかつての自分自身を反省し
た。その事を『今の俺』は解ってる。知っている。未来で起こる何もかもを知ってるんだ。アクゼリュスの
事を反省して、償うってもう誓ってるんだ『俺』は。世界中の人を救うつもりでって、ガイが言ってたよな。
でも、今のこの状況じゃ・・・、俺の気持ちは伝えられるだろうか。多分皆の俺を見る目からして、無理か
な・・・。

迷い過ぎて言葉の出ない俺に、ジェイドが苛立たしげに踵を鳴らした。
その音だけに俺はびくりと身を竦める。

「時間の無駄です。タルタロスに乗り込みましょう」

ジェイドの言葉に皆は頷いて、タルタロスに乗り込んでいった。
最後に俺もタルタロスに乗って、甲板へと行く。

甲板でもやっぱり皆の視線は冷たかった。
泣きたくなるのを必死に我慢する。泣くのを堪えるのは、これで二度目だ。
俺は囲まれるようにして皆から見つめられている。
ただミュウだけが俺の脚にピッタリと身を寄せてきていた。小さな身体から感じる温もりが嬉しかった。
・・・ありがとな、ミュウ。

「アンタ、自分が何仕出かしたか解ってんの?」

アニスが腰に手を当てて、二つに結った髪を揺らしながら言及するように言ってきた。
それに便乗するようにしてナタリアもそうですわと続く。

「アクゼリュスが崩壊して、罪の無い民が皆、みんな・・・」

そこまで言って、ナタリアの言葉が途切れた。きっと感情が高ぶってるんだな。

どうしよう・・・。ここで謝るべきか。

でも・・・。

万が一、俺はアッシュの記憶を戻せなければ、どうなるんだろう。やっぱり俺はレムの塔で瘴気を中和
して、消えるのかな。
瘴気を中和して、乖離現象が始まって。毎日毎日、消えるかもしれないっていう恐怖に怯えて。
消えるんだとしたら、皆とはこれ以上仲良くならない方がいいのかな。
仲が良くなって、分かれる時に辛い思いをするんだったら・・・。俺は皆に辛い思いをさせたくないし。

それに、俺はこの世界の本当の『ルーク』じゃないし。

だったらやっぱり

俺は気を落ち着かせるようにすっと息を吸い込んだ。覚悟を決めてギュッと拳を握り締める。
そして、俺の言葉を待っている皆をしっかりと見据えながら、口を開いた。

「何だよ、俺が全部悪いって言うのか?」

そういった途端、一斉に向けられる視線が非難がましいものになった。肩を震わせながら、アニスが俺
に向けて叫んだ。

「さいってー!!人でなし!自分は悪くないって言うの?!この状況の中でよくそんなこと・・・!!」

怒りの余りに言葉も出ないのか、アニスは不自然に口を閉ざした。それから傍に居たイオンの手を引っ
張ってタルタロスの中に入っていく。途中でイオンがアニスに引っ張られながら俺を振り返ってきた。
イオンの緑の瞳と視線がぶつかった。俺は胸中でイオンに、アニスに謝った。
ナタリアもまた信じられませんわと呟いて、踵を返してアニスたちの後に続いて行ってしまった。
ごめんナタリア。
ジェイドは相変らず冷たい眼で俺を見ていた。でも一瞬、非難する色とは別のものが紅い瞳に過ぎった
気がした。
俺の思い過ごしだろうか。

「付き合ってられません」

感情を一切排除した声で一言そう残して、ジェイドもやっぱり行ってしまう。
あぁ、なんか本当に泣きそうだ。ごめんなジェイド。
残ったティアも、ガイもやっぱり皆と同じ目をしていた。視線を向けられるだけで、心が悲鳴を上げてい
る感じがする。今すぐ謝りたい。ごめんなさいって。謝って償える事じゃないのは解りきっているけど言
わずには居られない。でも謝れない。今ここで謝ったらどうなるか、未だよくわからないから。

強く強く握り締めた拳から、掌に爪が食い込んで血が滴り落ちる。

「私が間違っていたわ」

ティアは俺にそう言い放つと、振り返ることなくタルタロス内へと消えた。
最後に残ったガイは、困ったような顔を一瞬した。
でもそれは直ぐに消えて、ガイは一つ深い溜息を零した。

「あんまり俺を幻滅させないでくれ」

喉の奥から搾り出すようにガイが言って、俺に背を向けた。
そのガイの背中に俺は待ってくれと声を掛けそうになった。
でも、それを寸前のところで止める。

自動ドアがガイの姿を向こう側に消してしまってから、俺はずるずるとその場に座り込んだ。

唇を噛み締めて、嗚咽を漏らすまいとする。だけど、止められない。
後から後から溢れる涙は、止まる事を知らないみたいに次から次へと零れてくる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を覆いながら、俺はずっとごめんなさいと言い続けていた。
傍にはミュウがずっと居た。何も言わずに、ずっと一緒に居てくれる聖獣に俺は泣きながら笑ってあり
がとなって言った。そしたらミュウはぎゅうって顔を歪めて泣きそうな声でご主人様、て呟いた。

透明な雫と赤の雫が混ざり合って甲板に落ちる。



駄目だ、耐えられそうにも無い。助けてよ・・・。




俺の心の叫びに、ローレライが応える事は無かった。





















始まりました。「Lily of the valley」。
この連載は一人称のみで進めていこうという密かな野
望があります。
頑張るぞ!頑張れルーク!!

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01.04